13歳で密航・英国留学
 薩摩藩は1864年(元治元年)、藩内の秀才を集めエリート養成校「開成所」を設立しますが、 長澤は12歳で1期生として入学し、翌年の1865年(慶応元年)には最年少として15名の留学生に 選ばれます。

 鎖国の時代、留学生は脱藩・密航して日本を出たことにされたため、それぞれ変名を名乗って 出国しました。後にほとんどのメンバーが帰国し名前を本名に戻しましたが、米国に住み着いた 長澤は生涯、本名の磯長彦助ではなく、変名の「長澤鼎」で通しました。
 世界の中心ともいえる繁栄を極めた英国に着いた一行は、目にふれるすべてに圧倒されること の連続でした。


カリフォルニアの葡萄王
 英国で宗教家ハリスに出会った長澤は、米国の教団で労働しながら勉学に励むという道を選びニューヨークに渡り、その後1875年(明治8年)カリフォルニアへ移住します。
 サンタ・ローザ近郊のファウンテングローブ(泉の林)に敷地を購入した長澤らは、1879年(明治12年)にブドウの植え付けに乗り出します。ちょうど欧州でブドウの木に寄生害虫が大発生し、ワイン産業が打撃を受けていた時期でした。30歳になった1882年(明治15年)には待望の醸造所も完成し、長澤の作るワインは徐々に成功をおさめ、ワイナリーの支店はロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドンにまで置かれ、供給網は世界に広がっていきました。
 1892年(明治25年)、ハリスがニューヨークに戻った後、長澤はそれまでブドウ栽培とブドウ酒醸造の技術者であり経営に関係することはありませんでしたが、この時から事業家としての道を歩み始めることとなります。1911年(明治44年)には事実上完全なファウンテングローブの主人となりました。


レーガン演説
 1983年(昭和58年)11月、ロナルド・レーガンは米大統領として初めて日本の国会で演説を行い、その中で長澤のことを「1865年、ナガサワ・カナエというサムライ・スチューデントが日本をあとにして、西洋で学んだ。10年後彼はカリフォルニア州サンタ・ローザで小さなワイナリーを開き、まもなくカリフォルニアのグレープ・キングとして知られるようになった。日米両国にとって、この元戦士のビジネスマンの功績は多大なものがある・・・・・」とスピーチしています。


   
 


1983年(昭和58年)
鹿児島市にサンタ・ローザ友好協会が発足する。

1986年(昭和61年)
長澤鼎の偉業をたたえるべく、サンタローザ市鹿児島友好協会からカリフォルニアワインの開発の提案を受けた山形屋は、カリフォルニアの老舗ワイナリーパルドウィッチワイン・セラーズ社(カリフォルニア州・メンドシーノ郡)と提携し、1986年山形屋オリジナルナガサワ・ワインが誕生しました。



甘口 ●マスカットカネリ(白) マスカットの優しい香りが特徴で飲みやすい甘口タイプ。
中辛口 ●ピノグリージョ(白) 辛口でフルーティ、バランスの良い味わい
極辛口 ●シャルドネ(白) 極辛口で芳醇な香りと風味を持ち、後味がわずかに甘いタイプ。
甘口 ●ホワイトジンファンデル(ロゼ) ジンファンデル種をつかった華やかなロゼワイン、甘口タイプ。
軽口 ●ピノノワール(赤) ほどよい酸味と繊細な風味が特徴。
中口 ●メルロー(赤) まろやかで口当たりの良いワイン。
やや重口 ●カベルネソーヴィニヨン(赤) 豊かな香りとバランスのとれた味わいの辛口。